子どもへの対応法

引っ込み思案、直そうとしなくて大丈夫!

こんにちは!よしのまきこです。

引っ込み思案のお子さんをお持ちだと、「このままコミュ障になるんじゃないかな」と心配になりませんか??
いっぽうで他人からは「おとなしくって手がかからないわね~」とか「おりこうさんなのね」と言われませんか??

我が家は全員、人見知りの引っ込み思案。ママ友と遊ぶ時も、登園のときも、ママにしがみついて離れず、お友達と集まる機会があっても、ママにまとわりついてばかり。
「あそぼ」と来てくれる子のことも無視しちゃったりして、親の私はやきもきしているのに、周りからは意外と理解されず、それもまた悲しかったです。(引っ込み思案は現在進行形ですが)。

さんざん悩みあれこれ手を尽くしましたが、結論としては、「引っ込み思案、直そうとしなくて大丈夫!」でした。
というか、むしろ、直そうと手を尽くすほうが逆効果だったといえるかもしれません。

今回は、現在小2になった長女を例に、「今だからわかる、小さいころの引っ込み思案はなぜ直そうとしなくて大丈夫だったのか?」についてお話ししたいと思います。

Contents

1.うちの子の引っ込み思案歴

長女は赤ちゃんの時から引っ込み思案の人見知り。それは生後4か月から始まりました。

私の両親は私と同じ匂いがするのか、大丈夫なことも多かったのですが、せっかく「かわいい」と近寄ってくれる人や、特に義両親に対して、ギャン泣きしてしまったりして、とても気を使ってしまいました。

登園時はもちろん大泣き。平日の朝は着替えもご飯もいやいやなので、支度にとても時間がかかり、仕事を再開したときは本当に朝イライラしてしまうことが多かったです。
4歳まで小規模園だったこともあり、保育園にも仲のいいお友達はゼロでした。ちょっと年上の子や、同じくらいの子が、「ねえねえ」「あっちであそぼ」と来てくれても、下を向いたり無視したりしてしまっていました。

ママ友と集まっても、私だけ4歳と0歳をおんぶにだっこでした。

2.心配してやった対策

「人見知りを直さなくては」「これではお友達に嫌われる子になってしまう」と思った私は、あれこれ試しました。

次女が1歳だったのでやきもちを焼いていたこともあり、長女と二人で出かける機会を作ろうと、親子で習い事(親子フラ)を始めました。

結果は惨敗。最初は長女も「行く!」と張り切っていたのに、レッスン中ずっと私の足にコアラのように巻き付いていて、私も「せっかく来たんだから踊りなよ!」とイライラしてしまい、却って逆効果でした。
また、終わった後の雑談タイムにも、遊びに誘ってくれるお友達を全無視。。。私はハラハラするやら、イライラするやら。
結果、すぐに行き渋るように。

また、あえてママ友と集まる機会を作って、初対面になれさせようとしたり、保育園の同級生を家に呼んでみたり。
でも、結局私がつかれただけで、人見知りは治りませんでした。

3.結局それは過干渉だった

結局、私が、長女を直そうとすればするほど、「あなたが心配」→「そのままのあなたではだめ」というメッセージを送ってしまっていたことに気づきました。
その結果、長女は「いつまでも余計不安」という負のループになってしまっていました。

長女が心配に見えたのは、「私が」お友達に無視されたとき、「自分が嫌われ者だからだ」と「私が」思ってしまうからだったのです。
実際娘に何度か無視されても、相手の子は気にしていなかったばかりか、何度でも呼びに来てくれたり、最終的に卒園時にはとても仲良しになっていたり。

自分の心に「そのままの自分ではだめ」という「恐れ」があったので、それを長女やそのお友達に投影して、現実を見ていたのです。

また、「長女の引っ込み思案や不安症は、私の愛情不足のせいだ」「愛情不足だから母子分離できないのだ」と自分を責めている声が自分の中に無意識にありました。

なので、自分がいつまでも責められたままなのが嫌だったので、早く長女の人見知りを何とかしなくては、と無意識に思っていたのですね。

本当に何とかしなくてはいけなかったのは、私自身の「ありのままの自分ではだめだ」「今の自分には不足がある」という自分責めだったのです。

4.「心配しない」という試練

その当時はまだ、「自分にやさしくする」セルフ・コンパッションを知らなかったので、「過干渉になってはダメだ」と知って、また自分へのダメ出しから入ってしまったのですが、とにかく「心配しない(ふりをする)」ことに決めました。

それは、自分の中の「恐れ」と向き合う日々。

結局、始めたフラもお友達とはほとんど交流もせず「辞める」と言い出すし、ママ友との集まりでは抱っこし通し。

ママ友には、「簡単にやめると辞め癖がつくよ」「抱っこなんてしてないでもっとスパルタに放っておきなよ!」と言われ、心が揺れましたが、何とか受け流し、長女の前では「心から味方(のふり)」を続けました。

年少さんの後半の半年間は登園拒否生活。育休だったので、無理やり連れていくことにつかれて、結局半年間一度も行きませんでした。その間も、本当に休ませてていいのかなとか、お友達を作る練習はしなくていいのかなとか、ほかの子はどんどんお友達と交流してつきあい上手になって、うちの子だけ取り残されるんじゃないかとか、悩んでばかりいました。

要するに、私は、長女の「人見知り」という個性を認めるのが怖かったのです。
それを、娘に伝わらないようにするのがとても大変だったのを覚えています。

5.ママが必要な時は十分甘えさせよう

うちの長女は、小学生になって、私の心配をよそに、学校という制度や、新しい友達に、彼女なりに適応し、うまくやっています。

子どもにはその子なりの大きさの愛情タンクというものをもって生まれてきて、それを親がしっかりと満たしたとき、自己肯定感が生まれ、外の世界へと勇気をもって出て行けるそうです。このことは、さまざまな教育の専門家の方が書いています。

そしてうちの長女の場合、愛情タンクがある程度満たされたのが6歳半だったということのようです。

保育園や習い事の行き渋りなどで、長女が気持ちを表現してくれてよかった!と今では思っています。
「ありのままの自分をママはきっと受け止めてくれる」と勇気をもって体当たりしてくれていたんだと、今ならわかるからです。

もし私が、あの時の自分に声をかけるとしたら、こう言いたいです。

「人見知りのままでも、その子なりに自然に自立していくから大丈夫だよ」
「今はママが必要な我が子を、ママのできる範囲で抱きしめて愛を注いでいればいいんだよ。」
「不安いっぱいでも、十分子育てを頑張っている自分を、認めていいんだよ」

目の前の我が子がどんな姿でも、それがその子の今の精一杯の姿なんだと認めてあげていいのです。

そして、我が子を満たすために、つまり、ママ自身の心をみたしてあげてください。
仏教の「慈悲の瞑想」でも、一番最初に「私自身」に慈悲の心を向けます。
まずは自分の心が愛で満たされないと、他人に分け与えることはできないからです。

私自身も、育児をするうえで、この二つをこれからは胸に刻んでいきたいと思っています。

まとめ

・引っ込み思案は子供の個性なので、直そうとしなくて大丈夫
・「心配する」→「そのままのあなたではダメ」というメッセージになってしまう
・ママを必要としている時期は、ママのできる範囲で甘えさせて大丈夫
・子供を満たしてあげるために、まずはママの心を満たそう!

いかがでしょうか?

ママの心を丸ごと癒す方法はこちらの記事をご参照ください。
また、効果的な甘えさせ方については別記事でご紹介しようと思います。

今の子供の姿は今しか見られないもの。
どうぞ心配しないで、その姿を見守ることを楽しんでくださいね。

もし、「自分一人ではどうやって自分を満たせばいいかわからない」という方、「駄目だとわかっていても心配しちゃう!」という方は、コメントいただければ真剣にご回答いたします。

このブログが、あなたのお役に立てたら幸いです。